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2011年3月18日 (金)

第1回 第一にレシテーション、第二にレシテーション、第三にスピーチ

Q:レシテーションは女生徒には人気がありますが、男の生徒にはどうもありません。

近江:

どうもそんなようですね。長い間、チューデントタイムズ(現・「週間ST)の「テープによるレシテーションコンテスト」の審査をしていた時からそう感じていました。応募者の数が圧倒的に違うのです。

Q:男性はやはり自分の言葉で、自分自身の内容を語りたがるようですね。

近江:

だから伸びないのです!

Q:キツッイ!
近江:

…真実は耳に痛いものです。誤解しないでください。誰でも最終的には自分の言葉で、自分のいいたいことを表現で出来るようになりたい…これはあたりまえですよ。しかし、だからといって「自分の意見を自分のことばで」という口当たりのいいスローガンで自由作文ばかりさせたり、 “Don’t be afraid of making mistakes!”とか

言って、外国人との軽いおしゃべりだけをしていれば自然に話せるようになのじゃあなるものではないということにそろそろ気が付かないと未来永劫に日本人は外国語べたの汚名を返上はできません

下手な英語を百時間しゃべったって、しょせんは下手のままというわけですね。
近江:

それを悪達といいます。

Q:言論の自由だから口封じをすることはできませんが、自分ではその方法で身をつけたこともない素人が、プロをさておいてさももっともらしいことをいうこの風潮は教育や文化の発展を阻害しますね。素人旋風が列島を吹き荒れ、プロの意見など消し飛んでしまいますね。
近江:

もっとも近年は、そのプロが少々怪しいのですがねー。素人はだしのプロもいますから何をかいわんやですがね…。

しゃべれ、しゃべれというのはどうも外国人教師にそういうことを言う傾向があるようです。自分が日本女性と結婚していて寝食、日本語で暮らして何十年たってもいつまでたっても酔ったような外人日本語なのか考えてみれば、なんとなく聞いて、なんとなくしゃべるのでは効果がないということを理解しなくてはいけません。また、日本人の方--とくに女性!――青い目にそういわれてうっとりするのでなく、そういう点はビシリと指摘してやらないといけません。


だいたい自分の言葉なのというものは誰でも初めからあるわけではありません。色々な優れた文章、美しい詩やスピーチを含めて、よく観察しそれらの言い回しや展開、リズムなど雄弁のカラクリを凝視し、徹底的音読を通して体に線で刷り込ませていく、もうそれしかありません。最小単位がすでにカタマリであるところがミソです。そしてこれらのカタマリに対しては時々、色々な場面使っているシミュレーションを施しておく。そのうち実際のコミュニケーションの場面で息の長い話ができたり、書いたりできるようになるのです。

TS.エリオットという作家はこういう趣旨のことをいっていました。

創造とはすべて先人からの剽窃であるとー。
また巨匠黒沢明は、飯を食わねばクソは出ないとまでいっていました()

Q:そういうと、それはある程度できるようになった人もいうことで、初心者には無理だという反論が必ずでてくるのではないですか?
近江:

関係ありません。そういう感覚がプロであるはずのエライ学者先生の心の中に結構あるから、中学の一年、二年あたりのリーダーが、ポツポツとした素材から脱却できないのです。数行でもいい、カタマリ、カタマリを与えるのを基本とするのです。センテンスもカタマリの中で教え、最後はカタマリを食べさせてしまうという方向にいくべきです。正しく指導すればそれはむつかしいことではありません。

Q:そこで音読、レシテーションをどんどんせよということになるわけですね。

近江:

はい。しかし本当に教育効果をあげるならばただ音読や、近年話題になっているシャドウィングだけでは弱く、オーラルインタープリテーションでなくてはならない、そこで英語教師養成の段階からオーラルインタープリテーション(Oral Interpretation of Literature)を必修とすべきです。教育愛と情熱だけではどうにもならない訓練の世界があるのです。混迷を続ける日本の英語教育、いや言葉の教育への大きな福音なのです。東京外語大の小川芳雄先生と話した時です。「英会話をやることが大切じゃあないんだよね?日本の英語教育を救う道だ!」

Q:オーラルインタープリテーション=なりきりメソッドですか?近江メソッドは、NHKの「当世キーワード」なのでも紹介されましたね。「なりきる」ということだそうですね。
近江:そういわれてしまっています。

Q:そうではないのですか。
近江:
違います。

Q:エッ違う?先生ご自身が、あるCBCの番組(動画⇒)の中で「なりきる」ことの大切さを述べておられますよ。
近江:
いや、ハッハッ!見ていましたか。確かにいっていますね。ただ、その部分が一人歩きしてしまっているのですメディアはキャッチフレーズが欲しいんです。それでないと売れませんからね。まあ、確かにボソボソ音読することから比べれば、なり切れることは進歩ではあります。しかしなりきる「だけ」ではことばの力はつきません。Love is blind… あるいは「親ばか」に通じるものだからです(笑)

Q:なりきるから見えることもあることも確かですが、だから見えなくなってしまうこともあるということですね。
近江:
そういうことです。

Q:ではどういう気持ちで臨むべきでしょうか。
近江:
なりきりと同時に、自分を外から眺める、どのような巧みな表現法のくだりを自分はしゃべっているのだという自覚があっほう学習効果をあがるということです。いってみれば「同化」と「異化」を交互に、あるいは同時に行うことが大切なのです。

Q:なるほど!そのあたりのところを、色々な英語素材で教えてください。(続く)

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コメント

近江先生の著書を読み、ぜひワークショップに参加したい! と願いつつも、関東在住であり家庭を持つ主婦という制約があるため、名古屋に赴くこと適わぬ英語講師です。

先生、ぜひ、関東・・・東京で出張講義をして下さいませんか?

あるいは、ワークショップの模様を、DVDなどで販売して頂けないでしょうか?

自分の授業に、ぜひ先生のメソッドを取り入れたいのですが、そのためには自分自身がまず学びたいのです。私のように考えている関東在住の者は少なくないと思います。ぜひ、ぜひ、よろしくお願いします。

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