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2011年5月 2日 (月)

第2回 登場人物の会話を含む物語素材―「鶴の恩返し」(The Grateful Crane) を例にとって。人物ではない、語り手の聞き手へのせりふの構造に注意せよ!

近江:「鶴の恩返し」の次の一節をとってみましょう。

 

…noticing the young man looking in surprise, the crane said, You’ve broken our promise, even though I urged you not to look inside. I am the crane you rescued me from the trap. I wanted to repay my gratitude, but now that you know my true nature, I cannot remain here.”

With these words, she turned and walked out of the house. Yohyo rushed out the house and cried,“ I ‘ve betrayed your trust. I do apologize. Please forgive me. Please, Tsu, stay by me.”

“I can’t” So saying she kissed him tenderly on the cheek 

With a mighty flap of her wings, she took off into the sky, leaving behind only the cloth that it had just finished

Tsu circled once again over the evening sky, gave a single cry as if to say “goodbye,” and flew offOne could only hear the Yohyo’s voice “Tsu!!”

  Japanese folklore)

近江:まあ、典型的な物語形式の素材です。特に中に登場人物のやりとりがたっぷりあるという形式。日本人が好きなタイプです。これに対して、多くの熱心な英語教師はよくこういいます。「山本く~ん。もっとヨヒョウの気持ちになって、ツー!といいなさい」―。

Q: まったく。そして山本君のほうも、指示されたようにその人物になりきろうとするわけですね。仕草まで人物を忠実に再現しようとしてー。

近江:しかし、教育のこんなささやかなる活動にも、〈人物になりきるのがいいことだ〉とでも言わんばかりの誤った刷り込みをしているのです。このボタンの掛け違いをして、音読やレシテーション指導を続けていくことは1)ことばの習得のためにかなり遠回りしていることになるばかりか、2)社会人とし

ての健全な発達に貢献できる訓練の機会を逃しているのです。

Q:話が大きくなりましたね。

近江:つうとよひょうが最終的に別れたのか、よりを戻したのかといういわば、オハナシだけに注意を払うのは、ミーちゃん,ハーちゃんです。コトバとして文章を味わっているとはいえません。

コトバとして味わうということは、まず1)語り手ありきです。その語り手が、2)どういう相手に向かって、4)何のために話しているのか、そのコミュニケーション目的を達成させるために、2)どういう時と、3)場所を選んでいるかを見極めようとします。そして彼が、5)どういう内容を選択し、7)どういう展開を選び、語句を選択し、それらの語句や段落やあるいは全体の話にどういう機能と意味を与えているか―いってみればそれが意味で、それらを行間から見極めようとするのです。

Q: 通常の英語のリーディングでは、いきなり単語や文章の意味はどうかと、ダイレクトに掴み取ろうとしますね。学習者は学習者で、意味は辞書の中にあると思っている。

近江: 単語や文章の中にある意味は、いってみれば料理人が味を付ける前の、素材がもともから持っている意味です。最終的なものではありません。最も大切なのは、語り手が目的達成のために、どういう味付けをしているか、それこそがここで求める意味です。そしてこの意味をどう捉えるかがいわゆるオーラルインタープリテーション(=音声解釈表現)であり、読みの種類として捉えるのならそれは批判的味読(Critical and Appreciative Reading,あるいはコミュニケーション的精読です。さらにいうのならば、その解釈の程度によりそれにより声の調子になるかが異なってきます。

Q: 日本の英語教室では日本語にどうするかということで生徒も先生も汲々としますね?

近江:しかし、それと同じレベル、あるいはそれ以上に音読表現と解釈は等価だということです。

近江:だから「どう音読する?」ト生徒にきくことは「どういう風に解釈した?」ときくのと同じことになるわけです。7つのポイントはパフォーマンスをするためのポイントなどいうものではありません。すべて作品の中に組み込まれているもの、作品に内包するものなのです。

Q: そこで、話をもとに戻して、「なりきりながら、同時に外から」という点とどうつながってくるのでしょうか?

近江:それは作品に内包する7つのポイントに対して、あなたという学習者の立ち位置はどこかということとかかわってきます。

 新幹線の走りを理解するとしましょう。なりきるということはいってみれば「同化」することですね。新幹線に乗り込んで味わってみる感覚です。いうまでもなくこれは乗ってみることで味わうことができます。乗客目線(登場人物や情景描写)で新幹線を捉えています。

Q: つまりは、ヨヒョウやツウの気持ちになってみたり、夕焼け空などの情景に思い入れしたりということと同じですね。

近江:はい。ところが、ほとんどの人の、なりきりは乗客レベルで止まってしまいます。つまりメロドラマを見て自分が登場人物になってみたり景色を楽しむで終わり。もちろんそういう楽しみ方もありますが、ことばの学習ということを考えればそれでは不十分です。

Q:のめり込みの危険性というわけですね。ほかに必要なことといいますと…

近江:「運転者」目線です。『鶴の恩返し』でいえばその物語を語っている作家目線です。

でもね、運転手は新幹線に乗っかってしまっています。眼前に展開する光景などの走りの感覚は貴重です。が、やはり当事者としての見えることと見えないことがでてきます。

Q: 運転手になるだけでも不十分といいますと…

近江: 新幹線をある目的をもって走らせているミスターXという存在です。作品の外にいて作品を制御している存在。作家です。新幹線でいえば、運転

者でなくて、『吾輩は猫である』において、話や登場人物と同化する乗客目線があるが、「猫」は運転者目線ですね。作家はその外にいる。猫をも操っている夏目漱石です。

さっき、「同時に外から眺める目線」とは、「河川敷目線」で自分自身ももちろん乗客にも運転手にもなっていって新幹線の走りの感覚を把握した上で、河川敷に立ってみて、近づいて再び走り去ってゆく感覚や、残すノイズの快,不快などの感想を持つことができる目線を文章に対しても生かすことです。日本には伝統のないレトリックという感覚です。佑ちゃん、あなたがあなたであれば野球はどうでもいいという単なる追っかけファンとなっては困るのです。レシテーションや音読で教育効果を挙げたいと思っている人はこの意識を持つことが大切です。

Q:先ほど、社会人としての健全なる発達に貢献するのしないのということを言われましたがどういうことですか?

近江:たとえば大震災という現象を正確に捉えようとすることは、「被災者の気持ちになってウフ~ン…」となってしまうことだけで終わってしまわない人間作りにどこまで貢献できるかということです。日本人は、戦時中と何ら変わらない情緒的な体質を持っていますが、そのほかにもありますが、こういった面にも指導の仕方では貢献できると私はみています。

Q:そこまで英語のレシテーション指導に先生はみているのですか。

近江:表面的なレシテーションではなくて、オーラルインタープリテーションだったならばそれは可能なのです。ところが現実は、たとえば日本では少数派のコミュニケーション研究者という大学の研究者たちですら、コミュニケーション学の母体である基本的なスピーチ訓練などを受けてないのに異文化コミュニケーションだ、組織コミュニケ―ションなどとアメリカの真似ばかりしていて理屈ばかりこねています。ところが自分の本業ではないとか言い訳をしながら英語を教えているということです。これは不勉強も甚だしいというか、ほとんど不誠実なことだと思います。

まずはオーラルインタープリテーションを今からでも学ぶべきです。そうすれば自分の目下の研究テーマである社会や人間関係に対する目が理屈でなく感覚的にわかるようになってくるからです。

人物になりきる危険性は、どうしても、物語が見えにくくなってしまいがちだからです。ということはその素材全体の良さ、プロポーションとかリズムとか、表現に関する妙味が見えにくくなってしまうということです。

Q:ということは、『鶴の恩返し』だったら、その話を語っている語り手のトークという肝心なことに注意が向きにくくなるということですね。

近江:見合いの席に出かけていったら、クレオパトラ、小野小町と楊貴妃がいたのだが、自分は整形外科の医者のためにホクロしか見てこなかったので彼女たちの顔立ちだとかプロポーションとか雰囲気だとかいっさい覚えていなかったというようなものです(笑)。

Q:どう考えればいいのでしょうか。

近江:連載第一回目の話の続きです。朗読者/学習者であるあなたの立ち位置はどこにあるかということです。それは作家目線、劇作家目線に立つことなのです。つうやよひょうの物語を語っている人にならなくてはなりません。話全体が、この語り手の、聞き手に向けてのセリフなのだというふうに意識させることです。そして、語りとしての話の運びや言葉遣いに注意して、それを声だししていくことです。

Q: 具体的にどういう風に持っていくか教えてください。

近江:文章を熟読して、登場人物の数だけの線を余白に書きます。そして感情の変遷を書き込むなどして完成させます。しかし、これはメインではありません。それらを統合して、もっとも重要な語り手の線、作品そのものの線を完成させていきます。

Q: 登場人物の線とは別にというわけですか。

近江:別とはいいたくありませんね。

Q:ということは?

近江:登場人物の気持ちの流れはそれなりに把握することは必要なのですが、語り手はそれらの人物のせりふにどんな機能を与えようとしているかという観点で読んでいくことが重要です。

Q:それが語り手の線を全うすることであるし、その作品をことばとしてしっかり把握したということになるわけですね。

近江:そうです。そして、そういう理解を伴っての音読であってこそ、文章の表現がかたまりごと身体に取り込まれていくし…

Q:それが自分自身のコミュニケーションに応用されてもいくということになるのですね。

近江:そうです。ですからよひょうやつうという登場人物本人にも気がついていないどういう意味や機能を語り手が与えているかという視点で分析していくのです。

Q:(分析後、全体を音読する。"Tsu"も悲しげに…。)

近江:よひょうの気持ちとしてはそれでもいいかもしれない。ところが、語り手の意図とすると、それまでの抑えを爆発させ、作品全体のカタルシス効果を生じさせしめるほとの機能を“Tsuという一語に託したかったかもしれない。だから、それまでの夫婦の会話そのものまで、実際の当人たちのやりとり以上にアップビートでもっていって、それに備えた方がいいなどと考えて語っていたかもしれないーーいずれにせよ登場人物たちはあずかり知らぬ意図が働いているかもしれないと考えるのです。いや、もちろん厳密にいえば、そんなことは朗読者・解釈者にはわからない。当たり前の話です。色々な解釈があるのはあたりまえです。でも最終的には「私はTsu!と突出させよう」という解釈に到達したのなら、そのように言ってみることがここで要求されていることなのです。

 

Q: しかし、こうしてうかがっていきますと、文章理解とは別口にデリバリー

とか音読の仕方などというものはなさそうですね。

近江:その通りです。解釈と表現は一体になっているわけす。典型的なことをひ    とつだけいっておきましょう。演劇のオンフォーカスに対する、オフ・フォーカスという目線です。

 つうが、You have broken our promise, even though I urged you not to look inside. I am the crane…”の箇所を言っているときに、つうは観客空間のある一点につうがいるかのように語りかけます。いっぽうよひょうの betrayed your trust. I do apologize…”は、つうは通常反対側のやはり観客空間の一点にいるかのように語りかけます。この独特の目線は、語り手の聞き手に対するコミュニケーションであるということを示唆する今までの考え方を象徴する典型的な目線ですね。

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